「おれに裸になれというのか」

 さすがに少し目を見開いて、真田幸村が言った。先程自分の忍びに言われた言葉をほぼそのまま返した内容だ。
「うん」
 猿飛佐助は常の軽薄そうな笑顔を消した、神妙な顔で頷いた。
「これからますますアンタの影武者やることが増えると思うんからさ、ちゃんと変化できるように、本物をしっかり見ておきたいのさ」
 といったいきさつで、猿飛佐助は主の素裸の体を所望したのだった。
「着物の上からでもわかんないってことはないけど、やるからには完璧にやりたいじゃん?」
「おお、さすがは佐助! 常に研鑽を怠らぬ、その意気やよし!」
「えへへ、照れるなあ」
「おれも助力を惜しまぬぞ」
 心をきめるやいなや、幸村は寸暇も惜しいとばかりに立ちあがり、しっかと畳みを踏み、帯をほどいた。

「真田源二郎幸村が全裸、とくと見よ!」

 帯がほどけて押さえるものがなくなると、そのままためらいなく袖を抜いて着物を床に落とした。下帯を付けぬ主義の男なので、それだけで母親の腹から出てきた時と同じ、一糸まとわぬ裸体となった。
「大将かっこいいー!」
全裸で仁王立ちの主に向かって、猿飛佐助は惜しみない称賛を贈った。
「うむ。隅から隅までよっく見るのだぞ」
「うん!」

「しかし、さあ……おっきくなったよね。ちっちゃくて、まるっこくて、やあらかかったのにさ……なんかへんなかんじ」
 佐助は座り、幸村は立っているので、佐助の視線は、幸村の腰のあたりにぶつかる。主に命ぜられたとおりに、凝っと見ながら、佐助はふと懐かしげな顔になった。
「何を言っておる。月日が立てば子供が大人になるのは自然のことではないか」
 幸村は裸で首をかしげた。
「そうだよねえ、それだけ長いこと一緒に居たんだよね」
 清々しい性質の主の前では、佐助の湿っぽい郷愁など、すぐに乾いて飛んで行ってしまう。苦笑いして、佐助は幸村の裸体の観察に戻った。
「あ、これ、おやかた様のまねして馬の上に立とうとして落馬した時の傷だね」
 太股を斜めに横切る、古い傷跡をなぞって、佐助は思い出をよみがえらせた。
「そうであったか? 佐助はよく覚えているな」
「めちゃくちゃびっくりしたもん。そういや、今は普通に馬の上に立てるようになったね」
「日々の精進のたまものだ!」
 幸村が胸を張ると、胸から腹にかけての筋肉が綺麗に伸び、佐助は目を細めて一つ一つの筋が、傷跡は多くてもみずみずしい肌の下で動くのを凝視した。
「こっちは……どこからどう見ても独眼竜の爪跡だね。三本並んでるから、縫うの大変なんだよな」
 一転して苦々しい顔になって、わき腹に並んだ三本の刀傷を節立った指先でなぞった。
「なんの、こちらは肋を三本折ってやったわ」
「旦那まじかっこいいなー。今度は鼻をへし折ってやってね」
「おう!」
 慣用句の意味がわかっているのか、それとも言葉通り受け取ったのか、とにかく幸村は快諾した。

「Hey,真田!お前に借りた本、上下巻じゃなくて上中下巻なんじゃねえの? 下巻読んだらstoryが超とんで て……」
 前触れもなく障子が開いて、話題の相手が現れ、饒舌に話し始め、絶句した。
「お、お、お、お、お、お前らら、何やってんだ!!!!!」
「政宗殿どもりすぎでござる」
「見てわかんないの? 大将の裸見せてもらってんだよ。ってか何自然に現れちゃってるの?奥州と上田って徒歩圏なの?ご近所なの?」
「HA…」
 今度会ったら鼻を折られるかもしれなかった奥州筆頭伊達政宗は、隻眼を見開き、改めて絶句した。
「は?」
 一音だけ発してぶるぶる震えている奥州筆頭を不審に思い、幸村が首をかしげた。
「破廉恥でござるぁ……!!!!」
 どこかで聞いたような奥州筆頭の絶叫と共に、今も幸村に傷跡を残す六爪が引き抜かれる。のどかな小春日和の上田城に、 突然雷鳴が響き渡った。まさに青天の霹靂と言えよう。




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