身軽な彼らしくない、鈍重な動きで起き上がると、佐助は寝乱れて顔にかぶさっていた長い前髪をかき上げた。溜息を付く。
「暑……」
 暑く、体も熱い。寝汗をかいていて、全身がじっとりと湿っていた。隣に寝ている幸村が原因だ。彼は体温が高くて、一緒に寝ると湯たんぽを抱いているような具合になるのだ。 冬はありがたいが、夏はできるだけ近付きたくない。そして今は秋の盛り、眠っているうちに温かいから暑いに変わったようだ。
 佐助はその暑さから蹴飛ばしていた上掛けを、いまだ熟睡している幸村の裸の胸にかけてやった。
 時間を確かめると、昼をとうに過ぎていた。うんざりした表情になってもう一度ため息を付く。
「あーもー。早起きして洗濯しようと思ってたのに」
 寝過ごしてしまった。今日は溜めていた汚れものを、まとめて片づける気でいたのだ。しかし、今から洗濯機を回して干しても、もう今日中には乾かないだろう。 休日の半分を寝て過ごしてしまった。という損をした気分に、片付かない家事のうっとおしさが加わって、 なんとも気持ちが沈む。ベッドから降りれば、昨日来ていた服が床に散らばっているのが否応なく目に入って、更に気が重くなった。
 諸悪の根源を振り返ると、先程と同じ姿勢で、あどけない寝顔を晒して熟睡していた。
「ああー、かわi……じゃなくて、気も知らないで、なんか腹立つなー」
 それだけで何もかもを許してしまいそうな自分に恐怖して、佐助は目を逸らした。文句を言いつつ、染みついた習慣でその手は脱ぎ散らかされた服を拾い集めている。
「あ、そだ」
 ふとあることを思いついて、佐助はにやりと笑った。



 佐助が洗濯機の中で回っている衣類をぼんやり眺めていると、裸足でフローリングを踏むぺたぺたという足音が聞こえてきた。ようやく起きだしてきたらしい。
「佐助」
 足音に声が続く。
「あ、おはよう旦那。よく寝てたね」
「おはよう、ところで佐助」
「何?」
 佐助は笑いをかみ殺しつつ、ごく自然な笑顔を作って首をかしげてみせた。

「服がない」
 
 幸村は全裸だった。
 しかし、それを感じさせないほどの堂々とした、しかも自然な態度だった。佐助はがっかりした。少しは恥ずかしがったり、気まずげにしてくれてもいいではないか。
「ごっめーん、全部洗っちゃった」
 満面の笑顔で佐助は言った。幸村の衣服は、洗濯機の中で回っている。
「全部だと?」
 幸村はさすがに驚いた顔をした。
「旦那、洗濯もの溜めてたから」

 これが休日の半分を失った佐助の、ささやかな意趣返しだった。
 
「しばらくそのままでいてもらうしかないねえ」
「まいったな、コンビニに行きたいのだが」
「いやあ、悪いことしたね、でもしかたないよね」
 さすけはとても罪の意識を持っているとは思えない楽しげな様子で、にやにや笑った。人によっては殴りかかっても無理のないような顔だ。
「わかった」
 幸村は潔く頷いた。
「そうだね、今日はおとなしく」
「このまま行くしかないか」

「マジで!?」
 いきなりの爆弾発言に、美声だ、セクシーだと持て囃される佐助の声が裏返った。
「ああ」
 幸村は別段笑いもせず、何を考えているかもどこを見ているかもわからない真顔で頷いた。
「えっ、ちょっ、まっ」
 予想外の展開に、佐助は混乱した。彼の予定では、途方に暮れた幸村をしばらく楽しんだ後、服を出してやるつもりだったのだ。
「なぁんちゃって、実は」
 慌てて軌道修正しようとした時だった。

「あるではないか」

 佐助の言葉にかぶせるようにして、幸村が口を挟んだ。
「へぇ?」
 虚を突かれて佐助は素っ頓狂な声を上げた。
「それだ」
 幸村は軽く頷くと、佐助を指差した。
「え、俺様?」
「そうだ」
「どゆこと」
 嫌な予感しかしなかったが、聞いてみないことにはどうにもならない。 進行方向にボスキャラのグラフィックが見えるのに突っ込んでいかなければならない時の気持ちで、佐助は聞いた。
「おまえが着ているのを俺によこせばいい」
「……あー、なるほど……」 
「全部洗ったと言うが、おまえが今着ている服があるではないか」
「……そうだね、って、いやいやいやいや。そしたら俺様が裸になっちゃうじゃん」
「そうだな」
「そうだなじゃないよ!」
「大丈夫、問題ない」
 慌てふためく佐助に対して、幸村はあくまでも冷静だった。美貌をきりりと引きしめた真剣な顔で、力強く頷く。
「あるよ! 大・大・大問題だよ! あと安易に流行に迎合しないでよ!」
「四の五の言うな。そもそもお前が全部洗ってしまったのだから、お前が責任を取るべきだろう」
「うっ……」
 幸村は後半の指摘は綺麗に無視し、前半に対しては、見事な正論で返した。元々悪戯でやっている佐助は言葉に詰まるしかない。
「わかったか。では、脱げ」
 幸村がそれに気付いているかはわからないが、さすけは幸村に静かに命令されることに、とても弱い。 是非も損得も善悪もどうでもよくなってしまって、無心に頷きたくなるのだ。
「うぅ……あぁ……」
 返答に詰まって、呻きながら目を白黒させるさすけを、幸村は言葉を持たぬ動物のような、 静かで澄んだ無表情で、じっと見ている。感情の見えない瞳に、佐助の人間味あふれる困り顔が映っていた。
「あぁ…う……」

 決断の時が迫っていた。





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