夕方のファミリーレストランは、学生客中心に、それなりににぎわっている。談笑する声が混ざり合って、結構な喧騒だった。
   毛利元就は、フルーツパフェのグラスの底まで柄の長いスプーンを差し込むのに苦心していた。上層のアイスと、中間層のコーンフレークと、 下層のストロベリーソースを同時にスプーンに載せようとしているのだ。  彼はスプーンの上に小さなパフェを作ることに成功すると、得心が行ったのか、一人で深く頷いてから話し出した。
  「真田、貴様来週の日曜は暇か」
  「…………は」
   しつけのいい真田幸村は、ほおばったあんみつの寒天を、よく噛み、嚥下してから、改めて口を開いた。その間毛利は待たされていた。
  「予定はなかったかと存じまするが……いや、政宗殿に誘われていたような、そうでもないような」
  「覚えといてやれよ。伊達かわいそう」
   デミグラスソースのかかったハンバーグステーキを、小鳥がついばむような大きさに切っていた長曾我部元親が、同情の念を滲ませて言う。 豪快な外見と性格に、妙に繊細な仕草を矛盾なく持ち合わせた彼は、淑女のように上品に食事をする。
  「自分の予定も把握しておらぬのか、愚昧なヤツめ」
   元就は、筆で描いたように整った細い眉をしかめた。
  「申し訳のしようもござらぬ」
   二人から責められて、幸村はきりりとした眉を下げた。
  「佐助でしたらわかるかと」
  「なんで猿飛がわかんだよ。そもそもあいついねえじゃねえか」
  「いえ、佐助のことです。そこいらに忍んでおるはず。佐助! 佐助! おらぬか」
   幸村は手を打ってここにいない人物を呼び、毛利と元親は、そろって真田をかなしいものを見る目で見守った。
 
  「はい!」
 
   すると、元気な返事と共に、空の皿がひしめき合う机の下、幸村の足の間から、猿飛佐助のオレンジ色の頭がにょきりと突き出した。
  「ぎゃあっ!」
  「おわっ!」
   長曾我部と毛利が仲良く同時に悲鳴を上げた。一方で、突然現れた佐助と、彼を呼んだ幸村は平然としている。
  「いるのかよ!!」
   先に立ち直ったのは元親だった。
  「わわわ、我が想定の範囲内ぞ」
   デフォルトの無表情に戻った毛利が、前半上ずりつつも、後半持ち直した静かな声で言った。
  「お前もさっき叫んでたじゃねえか、あとなんだわわわって。いてっ! 何すんだよ!」
   元就から無言のビンタを食らって、元親が抗議の声を上げた。犯人は能面のような無表情のままだが、目尻が少し赤くなっている。
  「俺も驚きました」
  「お前もかよ」
  「てっきり天井裏に潜んでいるものと思っておりました。まさか机の下におるとは思わなんだぞ」
   言葉の前半は前に座った元親を見て、後半はまたぐらから顔をのぞかせる佐助を見下ろしての言葉だった。
  「そこかよ」
   元親の声が、うんざりしている。たび重なる突っ込みに、彼は疲れつつあった。
  「柔らかいような硬いようなものを踏んでいたが、佐助だったのか」
  「へへへー。旦那をびっくりさせようかと思って、意外性を狙ってみたのでした」
  「踏んでいたのか!」
   ハンバーグを小さく切って口に運ぶ作業に戻った元親に代わって、毛利が口を挟んだ。 待望のつっこみ要員が来たと思って隣の席を見た元親は、何故かさらにつらそうな顔になって、フォークを下した。
  「はいはい毛利はそこで興味を示さない。イキイキしない」
  「踏んでおったのだぞ?」
   うんざりとたしなめる元親の顔を、元就は珍しく目を輝かせて見返した。
「そっか……そうだな……」
 貴重な笑顔の幼馴染に、元親は諦観のこもった笑みを返した。
  「うん、スニーカーの底で頭と背中を容赦なくね! 俺様絨毯を天職にしようかと思った」
   生気に満ちた笑顔で、佐助が求められてもいない情報を開示する。
  「幸村、お前そろそろ警察か弁護士に相談した方がいいんじゃねえの。接近禁止命令とかあるだろ」
   もちろん元親の発言だ。
「やだやだ! 俺様旦那の183センチ以内にいられなかったら死ぬから」
   返事をしたのは、なぜか幸村ではなく、佐助だった。
「近ッ! そういうのよく聞くけどそんな病気はないからな」
  「病気とかじゃなくて、舌を噛み切ってしぬ」
   ふっと真顔になって、佐助が言った。目が据わっている。
  「怖ぇえええ! 重てええ!!」
   元親は、背骨が毛羽立つような恐怖を感じて悲鳴を上げた。
  「なかなかの捨て駒ではないか」
   毛利は満更でもないらしい。
  「お前の感覚が俺にはいつもわからんわ。ってか、褒める時にも捨て駒なんだな。まったくエコじゃねえよ」
   家が近所の幼馴染みの割には、二人は趣味も嗜好も価値観も、ほとんど共通するところがない。
  「あ、で、なんか幸村の予定聞くんじゃなかったのか」
   何故自分が仕切っているのか疑問に思いながら、元親は壮大に逸れた話を戻した。
  「そうだ。はやくせよ」
  「お前今の今まで忘れてただろ」
   再び、元就の手の平が、元親を強襲するが、さすがに二度目だったので、元親は無言でその手首を捕らえる。
  「再来週の日曜だったら空いてるよ。独眼竜は土曜。別に忘れちゃっててもいいけどさ」
  「……お前は真田のスケジュール帳か」
   幸村の言った通り、佐助は見事に幸村の予定を覚えていた。
  「なりたいなあ」
  「お前はしあわせだな……」
   嫌みに憧憬のこもった声を返されて、元親はいっそ切ないような気分になった。
  「佐助、御苦労。もう消えてよいぞ」
  「はあい。これにてドロン」
   佐助は出てきた時と逆の動きで、机の下に消えていった。
 
 
  「……この下にいるんだよな」  まさに今自分が使っているファミリーレストランの机の下に同い年の男が隠れていると言うのは、なかなかシュールかつ恐ろしい状況だ。
  「佐助にはいつも迷惑のかけどおしで、礼のしようもござらぬ」
  「ああいった手合いには履き古した靴下でもくれてやれば良い」
   もっとも、そう思っていたのは元親だけだったらしい。友人たちは平然とさらに恐ろしい話をしていた。
  「いくらあいつがマゾでもかわいそうだろ」
  「ふん、何を言うか。我々の業界ではご褒美ですというものぞ」
  「どこの業界だよ」
  「浅学な……もちろん」
  「聞きたくない。で、再来週の日曜に何があるんだ」
  「ウェスティンホテルのケーキバイキングに行かぬか」
  「行きまする!」
   真田が瞳を輝かせて身を乗り出した。
 
  「……男子高校生二人でケーキバイキングか、なんかすげえな」
   真田と毛利はすでにフルーツパフェとクリームあんみつに夢中になっている。
   元親はこれ以上の会話を諦め、この机の下にいるであろう男は、その時はどこに潜むのだろうかと、つけあわせのブロッコリーも小さく切りながら、考えた。
 



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